当目の自然と文化

能登半島 当目

当目地区は3方を海に囲まれた能登半島の先端、奥能登と言われる地域の中央に位置し、田代・極楽寺・中組・甲地・蓮花坊の5つの集落からなる中山間地で、冬には能登半島では珍しく2メートル近くの雪に埋もれる山村です。
昔から変わることのない風景を、自然を大切にし、古くから千石の在所とも言われ農林業が盛んで、豊かな自然と素朴な風土と共生してきた地域で、2015年12月には当目を中心とした岩井戸地区が環境省の生物多様性保全上重要な里地里山(略称「重要里地里山」)の全国500地の一つに指定されました。

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清流に育まれる当目の豊かな自然
当目地区は半島の中心で分水嶺となるため、奥能登の主要河川である、町野川、河原田川、山田川の水源地として清流に育まれ、その綺麗な水に育まれた多様な生物が生息しています。標高544mの鉢伏山を覆うようにブナの原生林が広がり、「ムカシトンボ」や「ハッチョウトンボ」の生息が確認されているほか、豊かな水辺環境が維持され「ゲンジボタル」の群生地として知られています。

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<写真_鉢伏山の写真、水源、川等>
<写真_ハッチョウトンボ><写真_ゲンジボタル>

伝説の伝わる土地「当目」
当目は古くから、猿鬼伝説や平家の落人伝説が伝わる土地です。

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「猿鬼伝説」
当目には曽々木の海まで続く大きな洞窟があって、この洞窟に住みついた老猿が、村里に出現し少女を殺し田んぼを荒らしたので、村人はこれを恐れて「猿鬼」と呼んでいました。それをお聞きになった垂仁天皇が大勢の神々を遣わして討伐されたとの伝説があります。当目(とうめ)の名は神杉姫の放った筒矢が猿鬼の目に当たった場所であったためついた土地の名だという言われがあります。
猿鬼は退治され、村人が猿鬼の霊を鎮めるために祠を建てたのが、猿鬼の宮(岩井戸神社)です。この神社に江戸末期1845年に書かれた猿鬼伝記(猿鬼岩屋伝記之写)が伝わっています。

「平家落人伝説」
800年ほど昔、源平の合戦に敗れた平家の落武者13名が当目に入ってきたそうです。
その中で5名が農業に従事しながらも武芸に励み、3名が極楽寺・千光寺・浄楽寺という寺を構え、残り5名は八ノ田庵・修理庵・多四郎庵・蓮花坊庵・亀田原庵という庵を営んだと言われ、その名が現在も地名として残っています。

世界農業遺産能登の里山・里海
農耕神事「あえのこと」
12月5日、1年の収穫を終えた田んぼから夫婦神である、田の神様を迎え、ごちそうでもてなします。長く厳しい冬を家族と一緒に過ごした田の神様は翌春の2月9日に田んぼに送られます。最近では昔通りの行事を行う家庭が少なくなりましたが、稲作を守る田の神様に祈り、感謝する気持ちを持って農作業に当たっています。
2011年に日本で初めて認定された世界農業遺産「能登の里山里海」、当目地区はまさにそれを体験できる地域なのです。

あえのこと